「炭鉱のまち」田川(福岡県)の歴史
20年以上のお付き合いをさせていただいている、
浦田大治 福岡県議会議員と奥様にお会いするため、
福岡県田川市へ行ってきました。
お二人ともお元気そうで何よりでした。
浦田さんにご案内いただき、
「炭鉱のまち」田川の歴史に触れる時間をいただきました。
かつて日本の近代化を力強く支えた筑豊炭田。
その中心の一つが田川でした。石炭はエネルギーであり、産業の原動力であり、そして多くの家族の暮らしそのものでした。
今回訪れたのは、田川市石炭・歴史博物館。
展示を通して、採炭の現場の厳しさ、当時の生活の様子、地域が背負ってきた誇りと苦労の両方を感じることができました。単なる産業史ではなく、人の営みの歴史です。
特に2階でじっくり拝見したのが、山本作兵衛の作品群です。
田川市の「山本作兵衛コレクション」は、2011年5月に日本で初めてユネスコ「世界の記憶(世界記憶遺産)」に登録された炭坑記録画・日記(計697点)。明治から昭和初期にかけての筑豊炭坑の労働や生活を克明に描いた、他に類のない貴重な資料です。
山本作兵衛は1892年生まれ。
7〜8歳から炭坑に入り、約50年間、21の炭坑で働いた炭坑労働者でした。60歳を過ぎてから、自らの記憶をもとに描き始めた記録画と日記は、日本の石炭産業の発展、労働環境、そして人々の生活を後世に伝える「生きた証言」です。体験者だからこそ描けた細部の重みが、一枚一枚に宿っていました。
隣接する石炭記念公園に立つ二本の煙突は、今も静かにこの地の歩みを見守っています。
時代の大きな変化の中で産業構造が転換していく姿と、それでも誇りを失わず歩み続けてきた田川の風景に、いろんなことを考える時間をいただきました。
歴史に敬意を払い、そこから学ぶこと。
浦田さん、お世話になりました。

