メッセージ

子育て支援や教育環境、障害者福祉、高齢者福祉、医療や地域の課題など私たちの暮らしを取り巻く環境は、おおむね行政施策で成り立っています。これらの質を高め、より良いものにしようとするならば、いくつかの力点があります。例えば、仕組みであったり、優秀な人材の確保であったり、その人材のスキルアップであったり。しかし、一つ一つの望む事柄には当然、財源と新たな手法や新たな人材が必要です。

これらの必要な物を生み出すために、私は島の外から様々なインパクトを持ち込みたいと考えています。インドの情報通信企業を誘致したことも、その一つです。長く島を支えてきた一次産業や焼酎、観光業といった産業をさらに支援するために、そして、子育ての環境や教育、専門職のスキルアップ、高齢者や移り住む人たちに手厚い支援をするために、島の外からの力を呼び込みます。

2000年前に世界の情報や技術や人や文化が交じり合っていた原ノ辻。
インドの情報通信企業を誘致することで、
現代に国際都市「一支国」をよみがえらせたい

 

かつてイギリス統治であったインドは、一定の経済発展を果たし躍進する企業がイギリスを目指したそうです。その際、多くの企業が大都市であるロンドンを目指しました。しかし、そのほとんどが撤退し、ウェールズなどの地方から入った企業は、今でも残っているとのことです。

本県は、日本の西の端にありますが、東アジアにおいてはその中心に位置していると言ったら言い過ぎでしょうか。かつて、九州を中心とした同心円の中に、人口がどれだけいるかといった資料を見たことがありますが、空路の所要時間などを考慮すると、好立地といえます。 私は、インドの中小企業、モノづくり産業、半導体、情報通信産業などのそれぞれの団体、それぞれを所管する政府、州政府、そして、 大学などを訪問しました。

彼らに私が伝えたことは、「日本における人口減少という課題と長崎県の産業の変化」、そして、「地方には課題を乗り越えるための支援が多くあること、多くのインドからの留学生が長崎にすでにいる」という事実です。 インドにおいて、もっとも聞かれた意見は、「国と国、大企業と大企業は政府もアテンドするが、中小企業に対してや日本の地方に対してはほとんどない。いわば何もしてくれない」といったものでした。

彼らは、日本を東アジアの拠点として考えています。東京や大阪などに幾度かチャレンジしてきたように、大変意欲的な中小企業ばかりでした。 私の提案は、「長崎からのスモールスタート、長崎が日本のウェールズになる」といったものであり、彼らに受け入れられたと感じています。

しかし、長崎県行政はインドとのかかわりが皆無に等しい状況であり、スピード感は期待できません。まずは、民間で見えるものを高く掲げていき、民で走り、官が支える形をつくっていきたいと考えています。